古代日本の建築物と外壁について
古代の建築物の壁には、中塗面にさらに表土塗一層を加え、その面に壁画下画の陰刻が認められています。
その上の白土塗が画師の職掌として行なわれたことを想定しました。
この事実と、いまの東大寺の画師名簿の記録とを重ね合せれば、壁画を描く場合の白土塗が画師によって行なわれたということを、もはや動かすことはできないでしょう。
石山寺では延べ164人の画師(天平宝字5年12月より翌年8月まで。
なお同期間における土工動員数は延べ170人。
・・・いずれも司工・雇工の合計)が動員されており、そこに壁画の描かれたことは疑いをいれません。
ところで仏堂は「塗殿」ですから、そこに板壁が多用されたとは考え難く、大部分の壁画は、法隆寺と同様、土壁の上に白土でカンバスを作り、その上に描かれたと見るほかはありません。
・・・しかるに本来の左官専門職である土工はその白土塗には関与していないのですから、その施工者は画師をおいて他に求めることはできないでしょう。
これはまだ外壁リフォーム技術などがなかった頃の話です。