幸運と災厄に関する話
古来の神学者は、幸運に関してはほとんど論議を尽くそうとしないで、もっぱら悪運の魔術的対策ばかりについて汗牛充棟の言をなしています。
むろん、あらゆる災厄に関しての前兆に言及しているわけですから、戦争とか、人類の滅亡とかいう最大の災厄についても、深刻、かつ脅迫がましい大予言が、すでに宗教関係の道徳経典のなかにちゃんと述べられていました。
たとえば『新約聖書』(マタイ伝)にこうあります。
「オリブ山に座したまいし時、弟子たちひそかに御許に来たりて言う。
われらに告げ給え。
これらのことはいつあるか。
又なんじ来り給うと世の終りとには、何の兆あるか。
イエス答えて言い給う。
・・・又なんじら戦争と戦争の噂とを聞かん。
つつしみておそるるな。
かかることはあるべきなり。
されど未だ終りにはあらず」。