工業化と鉄 3
1840年代には製鉄業では大規模な工場制生産をはじめるものも出てきました。
たとえば、ペンシルベニアのある製鉄会社の工場は最大級のものでしたが、熔鉱炉4基、鋳物、圧延工場から成り、レールだけでも年産1~1・5万トンを生産していました。
これとともに、水流の力に深く依存していたニューイングランドの工業地帯でも蒸気機関が動力として使用されはじめ、製造業の範囲が著しく拡大されました。
1850年代には工場制生産は火器(銃・ピストル)、時計、ミシン、製粉、製靴、農業機械、馬車製造などの産業に拡大していました。
こうして1869年にはニューイングランドの製造業において、使用動力の3分の}が蒸気に転換していました。
他方、工場立地が水流に依存しなくなったため、ニューイングランドから広く東北部に工業地帯が拡大し、また運河や鉄道の発達によって、内部大陸の市場も拡がり、工業化の波がアパラチア山脈を越えて西進しました。
・・・このような展開は製鉄業への需要を急速に高め、製鉄技術の進歩や原料・燃料の新鉱床の発見がこれにいち早く追随したのです。
・・・このようにして、アメリカでもイギリスの場合と同じように、石炭.鉄・蒸気力の三位一体が産業革命の原動力であったわけですが、19世紀のなかばになると、アメリカの産業はヨーロッパではみなかった独自の展開をはじめていたのです。