古代日本の建築物と外壁について 2
カンバスの作成と彩画が同じ画師によって行なわれたとすれば・・・
その技法は法隆寺で想像したようにフレスコと断じざるを得ないでしょう。
そして白土と石灰の違いこそあれ、法隆寺と年代的にほぼ同じと思われる高松塚の壁画も、おそらくこの例にもれないと思われます。
・・・以上を要約すれば、奈良時代から平安初期にかけて、左官工事の主担者は土工で、中央の土工司に統轄されていました。
しかし土工が常に全工程を担当したのではなく、熟練を要しない単純作業・・・
例えば土の混練・運搬、ときには荒壁塗等iは非専門職の役夫に委ねられていました。
これは現行の左官工事において、下地の作成から土の混練までを手伝職が行なっているのと似ており、奈良時代当時、工事管理面でこのような合理化が進んでいたことは注目されます。
次に白土または石灰による上塗は当然土工の職掌ですが・・・
壁画下地のカンバス作成のための白璽塗は常に画師が行なっており、土工はそれ以外の箇所の上塗だけを担当したものと思われます。
現代でいう外壁リフォームのようなものですね。