工業化と鉄 2
輸送費が下がれば製鉄コストも低下し、鉄の価格は下がり、いっそうの輸送力の向上がもたらされる、といった具合です。
アメリカでは新大陸への植民とほとんど同時に鋳鉄や鍛鉄の生産がはじめられて、一645年にはマサチューセッツ州リンにアメリカ最初の熔鉱炉が造られました。
独立時にはアメリカは世界鉄生産の14%を占め、その生産高はイングランドとウェールズを合わせたものより多かったのです。
しかしその半面、製鉄技術はヨーロッパに比べて著しく遅れ、しかも企業は地方に分散し、生産規模は零細であったことも事実です。
1860年においても平均の企業規模は綿業に比べ、半分にも足らなかったのです。
森林資源に恵まれていたため、南北戦争ごろまで燃料を木炭に依存していたことも大きな理由でした。
このためイギリスで開発された革新的製鉄方式である、パドル炉の導入やコークスの使用も遅れました。
しかし、1830年代後半になると、鉄道の建設がはじまる一方で、ペンシルベニア州東部(アレゲニー山脈)に良質の渥青炭が採掘されるようになり、高品質の銑鉄や錬鉄が生産可能となりました。