水田酪農の選択 4
農民組合の結成には、私はまだ20歳代の若者で直接かかわりをもたなかった親父の時代の話になるわけです。
私の村の農民組合の結成は昭和22、3年ころでした。
このころ農民組合の勢力は盛んで、村会議員とか農協の理事、農地委員などにどんどん進出して組合推薦のメンバーが100%当選するようになっていました。
昭和25年ころ、秋田の農民運動史の中に小作争議の指導者として勇敢に活躍した一人として記録されている佐藤さんという人がいました。
体格の頑丈な大男で大相撲にあこがれて弟子入りに上京するがあまり見込みがないということで、数年にして郷里に帰り、農民運動をはじめた人で、無欲な闘士でした。
その人が農民組合のリーダーで、組合の勢いの盛んなときですから村会議員には当選する、農協の理事には当選する。
そして、農協の理事に農民組合の仲間が多数を占めておりましたから、佐藤さんは農協の組合長候補になった。
その組合長候補が、物質が極端に欠乏していた時期でしたから、魚とか塩とか地下足袋のヤミ買いに使う当時としては大金だったんですが160万ぐらいの農協の金を持って歩いていてペテンにかかる、という事件を起こしました。
事業に失敗をして信用を失ってしまうわけです。