水田酪農の選択 3
サイロも15トンサイロ6基ありますが、これも全部手づくりです。
補助金事業のサイロ作りと比較して丁度半額でできあがりました。
借金しないで農業をやって行くためには、そうするしか道はありません。
しかし秋田県の水田酪農だけに限らないでしょうが、残念ながら後退の一途をたどっています。
秋田県では、最盛期のころは水田酪農家は6千戸ありました。
ところが、現在600戸を割りはじめてるんです。
10分の1に減りました。
そして毎年、毎年減り続けています。
私の所属する酪農組合も、かつて200戸の酪農家を組織した酪農専門農協ですが、現在生き残っている人はわずか40戸にすぎません。
その40戸ももっと減りそうです。
各所で全滅しているその中でまだ残っている人が40戸いるとは立派だと評価する人もいるが、酪農経営の中心は息子の時代に移っています。
今、40戸の中で後継者がハッキリしている家は30戸です。
そのうち30歳代になっても嫁をもらえない後継者が6人もいます。
それで困っています。
とにかく、そんなことで農業を守っていくには難しい問題が山積みしているわけですが、生き残るためがんばり続けています。
これも戦後の混乱期の中で開いた小さな部落会館での文化講座から生まれた水田酪農であったのです。