アートとパリとピカソ その6
18世紀には、フランス革命時のパリの大司教として知られるジュイニェ家のものとなり、その後工芸学校として若い芸術家たちを迎え入れてきたオテル・サレ。
一時は住む人もなく、荒れ果てていたこの館の運命を変えたのは、1968年に成立した新しい相続税法だった。
ピカソ生存中に施行されたこの法律は、遺産相続税を芸術作品で物納してもよいという内容だった。
1904年、23歳でパリに移り住んで以来、この街を舞台に描き、恋し、生きたピカソが、91年の生涯を閉じたのは1973年。
新法成立の5年後だった。